1 越前焼:

越前焼(えちぜんやき)は、福井県丹生郡越前町の主に宮崎地区(旧宮崎村)・織田地区(旧織田町)で焼かれる陶磁器(炻器)。釉薬を用いずに高温で焼成されるときに薪の灰が器に流れ出し、溶け込む自然釉の風合いで知られる。

歴史は非常に古く、平安時代から始まったといわれるが、長く無名であったが第二次世界大戦後小山富士夫等により日本六古窯の一つにあげられた際に越前焼と名付けられた。当初から壺や甕、擂り鉢などの台所用品が作られていき、他の古窯が江戸時代に茶器などを焼いていった中で、越前焼だけは決して趣向を変えることなく、雑器を焼き続けていった。そのため江戸末期から明治には衰退の一途を辿り、一時は廃絶の危機に追い込まれた。  復興の契機は1970年(昭和45年)に作られた越前陶芸村で、これを境に窯元が急増、観光客が多く訪れるようになった。今日では若い感覚の作品も多く見受けられるが、基本は古くからの焼き締めが中心となっている。1986年(昭和61年)に通商産業省(現在の経済産業省)から伝統工芸品の指定を受けている。

2 若水:

往古、立春の日に宮中の主水司から天皇に奉じた水のもとを指した。後に元日の朝に始めて汲む水、井戸から水を汲んで神棚に供えることを指すこととなった。若水をハツミズ、アサミズと呼ぶところも存在する。

若水は邪気を除くと信じられ、神棚に供えた後、その水で年神への供物や家族の食事を作ったり、口を漱いだり茶を立てたりした。

元日の朝早く、まだ人に会わないうちに汲みに行き、もし人に会っても口をきかない仕来たりであった。若水を汲むのは年男の役目とされたり、その家の女性が汲んだりした。若水を汲む時には「黄金の水を汲みます」など縁起の良い言葉を唱えた。

君津地方では若水汲みは男性の役として女性にはまったく手を触れさせない。盆は女性、正月は男性の役といわれるように、元旦の若水汲みから3ヵ日、あるいは初卯の日までは炊事は男性がやるべきものとし、女性には水に触れさせないようにする所が多かった。

3 名水 染井

京都三名水と称される醒ヶ井・県井・染井のうち、ただ1つ現存するのは『染井の名水』。梨木神社にある。

ーー 以上、ウィキアペディアより。

4 仕覆の仕立て名人:土田友湖 北村徳斎 竜村

5 荘りもの:茶入れ 茶碗 茶杓 茶筅

宿題:茶筅荘りの手前で、客は何時「茶筅荘りの手前とお見受けいたしましたが、ご由緒は?」と聞きますか。

6 茶入れ飾り:茶入れを置くところに古袱紗をしいておくこと。

7 薄茶の丸卓(筒茶碗+三つ葉)

① 筒茶碗の扱い:茶巾を畳まずに出して、お湯を入れてから手前座で折り畳む。/茶碗を拭く時、底から外側へ、底を人差し指と中指で茶巾を挟んで拭く。/茶筅通しの場合、左手で少し茶碗を傾いて通す。/茶碗が高い場合、底をもってお湯を捨てる。

② 三つ葉の扱い:大葉は上、小さい葉は下。△の横線は正面。荘る時は上下反対に置く。