Archive for 九月, 2004

  收到一位读者的来邮,让我的头脑陷入一片混乱。信上说,他儿子跟我一样,患有人群恐惧症和丑恶恐惧症,并最终以自杀的方式结束了生命。我想他的儿子一定非常痛苦,因为他可以感觉到那些中伤的言语、目光就如一支支利剑时时向他射来。尽管也许只是他的想象。有时候,甚至不仅仅是感觉,而是真切地听到那些话语,看到对方蔑视、嘲弄的笑脸。虽然我们能够在心里诅咒他们一千遍一万遍,可是受伤的仍然是我们自己。每一天,我们都这样伤害着自己度日。我想,他大概就是忍受不了这些才会选择自杀的吧。

  一直以来,我都努力不去想自己的性格。那太过阴郁了,一个努力生存的人是不能想那么阴郁的事的。可是,如果不生存呢?对,如果要想,那么一定是在要死的时候。

  那位读者写道:“我真心的希望您只是写写日记而已”。可是,我实在没有活下去的信心了。性格自天生成,怎么会说改就改呢?我并不抱希望。

  真的很抱歉。

  还有74天。

  最害怕自己会堕落。可堕落的感觉真的很好。


  七年前,用扑克算命,我问:我会堕落吗?答曰:会。于是,以此为借口,我堕落了。


  堕落,从《柯南》开始,356集的动画,外加7个电影版。每天只在显示器前进餐。


  堕落,至45集的《十二国记》,该告终结了。


  写下这个题目,只是为了给自己的堕落一个交待。


  算一算,书差不多该到了,便一直在房里等着。一点享受送货上门的感觉都没有。


  将就着把房间收拾了一下。染血的床单扔到垃圾堆,杂志书报捆起来放去阳台。回头把那些录像带们也扔掉。


  看着床垫上残留的血迹,暗自下定决心:那天,我一定要死。


  还有75天。

浪子回头:落街冇錢買麵包


曲:《妝台秋思》 | 詞:不詳

前文: 『桐壺更衣のかたる』Ⅰ


 


 その間も、迎えにまいっていた母はもしものことで御所を穢してはと、気が気でないらしくおろおろしておりました。その上母は、帰りの行列に、わたくしを呪う例のお方たちからどのようなあくどい嫌がらせや凌辱を受けるかもしれないと案じ、恐れおののいていたようでございます。


 若宮をお連れして万一のことがあってはと、御所におあずけして帰ることにしたようです。


 主上さまは乳母の手から若宮を抱きとられ、もう抱きしめる力もないわたくしの顔の前に、近々とさし寄せてくださり、


 「早く帰ってきてくださいとお願いしなさい。皇子は寂しくって毎日泣いているからとお言い」


 とおっしゃるお言葉も、終わりは涙にむせてしまわれるのでした。


 まだ何もわきまえないまま幼い若宮は、人一倍敏感なお心に、その場の雰囲気から常とは違うただならぬものを感じとられたのでしょうか、わたくしのほうに身をゆすってさしのべた両掌を、ふと途中で弱弱しくひっこめ、主上さまの首に廻され、しっかりと抱きついて、おびえたようにわたくしのほうをじっと見つめられたのです。


 泣かれもせず、ただ清らかな瞳をいっぱいにみはって、ひたすらわたくしを見つめられるその真剣なお顔の可愛らしさ。わが身が産み奉ったとも信じられない世にも類い稀なその美しさ。照り映える月光をそのまま珠に凝らせたような光り輝く御容貌。


 三歳になったばかりで母を失うこの若宮の薄幸があわれて、この世に残るほだしは、主上さまへの尽きせぬ未練と、若宮への愛憐の想いでございます。その執着が迷いになって、心でもとうていわたくしは浄土とやらへはいかれないと信じます。いいえ、浄土へなど行きたくありません。煩悩の鬼になろうともいつまでも中有に迷いつづけ、主上さまの御身辺に寄りそい、おふたりをいついつまでもお護りしとうございます。


 母は、


 「今日始める予定の祈祷の僧たちがすでに邸にまいっていて待ちかねております。今夜から始まるのです。」


 とせかしながら、しきりに退出をうながすのでした。


 母の目には主上さまのあまりの未練げな御様子が、天子にもあるまじきこととうつったのから知れません。


 主上さまは母の見幕に押されて、ようやくわたくしを見送るお気持ちになってくださいました。


 輦車を頂戴し、その中へかかえいれられたとたん、それまではりつめていた最後の気力も萎えて、ぐったりと気を失ってしまったようです。


 母はもう、わたくしが絶え入ったとばかり思い込み、道々ずっと泣き通していたともうします。


 気がついたら、実家の部屋に寝ておりました。ああ、まだ死ななかったのかと思うと、またお逢いできる日もあるかと嬉しく、一瞬心がときめきました。でもすぐ、意識はもどっても、軀じゅうの力は抜けきって指ひとつ動かせない状態に気がつき、とうてい生き通せない自分を認めなければなりませんでした。束の間でも、もう一度この世に戻してくださった仏に感謝しなければなりません。


 絶え間ない読経の声を聞きながら、思いはすべて主上さまの上へ走り寄ってまいります。


 どういう前世の御縁によってか、この世でめぐりあい、お側に上がれ、あのように愛していただいたわが身の幸せを、心の底からありがたくお礼申し上げます。


 亡父の大納言が一人娘のわたくしにどういう分不相応な望みをかけたものか。必ず後宮にお仕えさせるよう遺言して逝ったと申します。


 母は古い家柄の出で一通りの教養もあり、しっかり者でしたので、父の遺言を守り、私が後宮に上がって恥をかかぬよう、しっかり教養もつけてくれました。


 御縁があって、主上さまのお側に侍るようになり、亡父の望みが達せられました時から、母の不安と不幸が始まったのかもしれません。


 両親うち揃った権力者の姫君で、華々しく後宮に時めいていらっしゃるお妃たちの中に立ちまじり、しっかりした後見もないわたくしの立場が、どれほど惨めな心細いものかは、説明しないでも、母には痛いほどわかっておりました。それでもわたくしに肩身のせまい想いをさせまいと、衣裳や調度などは、後ろ指さされない程度に調えてくれておりました。そのため、どれだけの苦労を母がひとりで引き受けたものか、わたくしには想像もつきません。


 更衣という低い身分にかかわらず、数ある女御や妃たちをさしおいて、いつの間にか、どなたよりも主上さまの御寵愛を一身にあつめる光栄に浴しておりました。


 前々から御所に上がりそれぞれ自信にみち、われこそはと思っていられた方々からは、思いがけないわたくしの寵幸を、生意気な、身のほど知らぬ女よと卑しみ妬まれるし、それより下のわたくしと同等の更衣たちは、まして心中おさまらないものがあったことでしょう。


 事ごとにわたくしを嫉妬と憎しみの対象にされ呪われるのも仕方のないことでした。いただいた局の桐壺は、後宮の北東の端に近く、主上さまのいらっしゃる清涼殿からは、最も遠い場所に当たります。


 主上さまのお召しがあり、清涼殿の夜の御殿にまでまいるには、長い長い廊下を渡り、その廊下には、それぞれの妃たちの局が並び、そこを通過しなければならないのです。


 簾の中に光る刺すような怨嗟の眼差しを全身に浴びながら、主上さまのお側まで通うのは、これが地獄の針の山というものかと、身も心もすくむような思いでございました。


 どの女御や妃にしても、それぞれ親や一族の切ないほどの願望を一身にかけられ入内したわけなのですから、一日も早く、誰よりも熱く主上さまのお情けを受けて、皇子を産むことだけが絶大な願望なのですもの。そこへ突然あらわれたわたくしのような身分も低く後見もない頼りない女が、場ちがいのように迷いこみたちまち主上さまの御寵愛をひとり占めにしてしまったのですから、口惜しいのは当然でしょう。


 


 (つづく)


·一八

  写自杀日记以等待死亡是有些古怪。可是,你们知道吗?自从决定要死,生即是为死而生,人反而轻松多了。既不用勉强自己想那些所谓快乐的事,也不用隐藏悲哀。在这里我可以大声说:我是个性格阴郁的人。其实,昨天的事大概也是个同样阴郁的人干的吧。这样一想,也就可以接受了。从前,我总是认为人应当向前看,而现在,我可以后悔,可以回头了。任意地后悔。


  我,会向“后”看,直到死。


  还有76天。


  停了一天,不过我还是写在“倒计时77天”这里吧。


  昨天,我割腕了。因为收到那人的邮件,说什么“记得每天写日记!”“这样的人绝对死不掉,又不是傻瓜。”云云。看到这话,我仿佛被一闷棍击中天灵,一时间不知身在何处。很想哭。


  后来一想,那人说得不无道理。我说“没有更新日记的日子不算入倒计时”,其实就是在逃避。不想死了,不记日记即可,或者直接把这个地址删掉。他说得对。是我错了。上床以后我悔恨交加,想到还要接着写自杀日记,觉得真是痛苦得难以忍受。于是就……


  因为在床上,沾血的床单凝结起来止住了血。床单从手腕上剥下,发出哔里哔里的声音。而结果,不过是造成了一点点贫血而已。我真是个冷血的东西。


  今后,即使不更新,也继续倒计时。


  还有77天。

  今天一觉醒来,格外慵懒。一心在等《完全自杀手册》送来,其他什么事都不想做。于是,便一直躲在床上,幻想,幻想与初潮前的小女孩(小学二三年级)交媾。


  (以下涉及淫秽违禁文字若干……)


  其实已经不止一次这样幻想。现在已经不用费什么劲,各种情节便宛如目前了。我还是觉得自己不对劲,已经成年了还是处子之身,只是随意幻想一下聊以自慰。其实每次完成后都会有些罪恶感,可我还是一次又一次地被那种幻想,侵犯少女的幻想所吸引,而不能自拔。真想尽早结束这种恶性循环。


  78天。

  很是震动。不对,应该说很是恐惧。


  说的是在伊拉克被绑架的四个日本人现在的状况。由于姓名、住址被公开,其中一人为躲避各种威胁及骚扰,已经离开家住进小旅馆。两个月来搬了五次。即使如此,每天还是不断地收到责难的信件。女人质精神崩溃。据被采访的某杂志社编辑说:互联网上骂声一片,诸如“把纳税人的钱还回来。”“你们怎么没死?”“你们死了算了。”之类尚算骂得轻的。对那名女人质更是极尽下流地侮辱谩骂。甚至有媒体暗示人质策划安排了这次事件,伪造了录像带。四名人质忍无可忍,提出自行负担回国费用。可是政府依然公布了每人6000美元的交通、医疗等费用,引发新一轮的批评。据说唯一站出来略微表示同情竟然是鲍威尔大人……


  每每发生这样的事情,我们的媒体都会说:xx的政权岌岌可危等等。但是当年桥本连任,如今小泉连任。关于靖国神社,已经到了日本人自己都要担心地说:天皇参拜一事需慎重。其实小泉不会倒,即使倒了也会有继任者。因为这个国家需要一个强势的领导人。电视里面又提到了“集体主义”,谈到人质及其家属要求撤军,即是质疑了政府,是“个人”滋事了,故此遭到敌视。且不论这个分析是否有道理,事实正是人质失去社会的同情始于其家人要求政府撤军。这个社会有的根本不是正常的同情心和正义感,一切道德礼仪都是体制内的。前一段有人提起1984,这一刻,我怎么觉得日本更要可怕?


  说实话,我已经快把这四个人忘了。记得人质事件之初,我们曾为小泉的言行齿冷。但是现在,我是骨寒啊!民众之冷酷更甚于政府,这是一个怎样的社会,怎样的民族?!


  此记。