今から1万年ほど前のことである。海の水がにわかに増え、海水面が上昇した。東京湾では、この「海進」によって、今より50キロも内陸まで海面下となった(『利根川と淀川』中公新書)。

 関東地方の貝塚の分布から推定した海岸線は、さいたま市よりも更に奥に達している。貝塚は、太古の暮らしぶりを伝えるだけではなく、海のありかを示すタイムカプセルでもある。

 埼玉県に隣接する東京の北区でも、いくつもの貝塚がみつかっている。その北区の住宅地の近くで、貝塚とは別の、とんでもないタイムカプセルが掘り出された。温泉の掘削で地下1500メートルまで掘り進むと、ガスが噴き出した。引火して激しく燃え上がり、なかなか消えなかった。

 関東南部には「ガス田地域」があり、深く掘ると天然ガスの溶けた地下水が噴き出る。ガスは、一帯が海だった頃のプランクトンや海藻などが起源という。

 このごろ、市街地で温泉を掘り当てようとする動きが目に付く。地盤沈下への懸念も聞く。東京都は来年度から、温泉付きマンションでの温泉使用に制限を設けるという。1日1所帯0?5立方メートル以下で、浴槽約2杯分だ。「限られた資源なので、湯水のごとくには使えないことを周知したい」

 ガス噴出や火災が市街地で起こるようでは住民はたまらない。噴き上げる炎と消火活動は、油田火災を連想させた。「町中(まちなか)温泉」掘りは、よほど慎重にしないと、大やけどをする。悠久のタイムカプセルから一気に現代に引っ張り出された太古の生き物たちが、身をもってそれを示した。