イスラム圏では遺体は土葬される。来世での再生を信じる教えからか、火葬にはしない。遺体は浄(きよ)められ、生成りの布で覆われ、棺(ひつぎ)に納められる。

 地震や津波で亡くなった場合は作法が異なる。死の際の着衣のまま、傷や血の跡も消さないで葬られる。むごいようだが、イスラムの世界では、天災の犠牲者は特別な意味を持つという。

 病気や老衰でなく、天変地異で亡くなると、幼児でも老人でも殉教者として扱われる。たとえば聖戦ジハードで命を落とした殉教者と高貴さにおいて同列で、そのままでも十分に清らかだという。

 以上の知識は先月初め、インドネシアのスマトラ島で取材したときに教わった。訪れたアチェでは、村々にまだ死臭が漂い、毎日数百もの遺体が掘り出されていた。黒いポリ袋に入れられた骸(むくろ)が、道ばたに積まれていたのを覚えている。

 津波の襲来から3カ月しかたっていないスマトラ島を再び大地震が襲った。「ゆうべはだれもが津波の幻に取りつかれた。家族みんなで最上階の部屋に移って夜を明かした」。地元の大学教授ユスダル?ザカリアさん(46)は電話口で話した。市街地では、高台へ逃げる車やバイクの衝突事故が未明まで続いたという。

 あれほどの大地震の後だから、もう心配はない。そう楽観していた人が少なくなかったはずだ。津波による遺体の回収もまだ終わっていなかった。被災地の人々はいま、無力感に沈んでいることだろう。キリスト教徒もいるが、イスラム教徒の多い地域では、新たな「殉難者」たちを送る葬礼が本格化していく。