48 東(ひむがし)の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ (柿本人麻呂)


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【現代日本語訳】


  荒野の東方に茜色の曙光がさし、振り返ると西方に残月が傾いてかすかな光を放っている。


  (茫茫原野,霞光乍现,回首西望,残月正暗。)


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【注釈】


  此歌附于轻皇子冬季狩猎安崎野时所作长歌后,是四首反歌中的第三首。


  轻皇子(即后来的文武天皇)是草壁皇子之子,时年十岁。草壁皇子排行在天武天皇和持统天皇之间,未及登基便已夭折。人麻吕还为之写过挽歌。


  当此时,草壁皇子去世已是三年有半。轻皇子狩猎所在,正是乃父当年驰骋过的安崎原野。


  前面的长歌中描述了一行人翻山越岭的情形,并追思草壁天皇。而在此反歌中,“東(ひむがし)の”是将轻皇子比作清晨东方的曙光,将先皇草壁则比作正逐渐隐没的月光,籍此表达思念之情。站在寒冬的荒野上,极目东西,日月当空,何其壮丽!作者的胸襟又何其宽广!


  其余三首反歌:


46 安崎の野に 宿る旅人 うち靡き 寐も寝らめやも いにしへ思ふに


  (安崎野に仮寝する旅人はくつろいで寝られようか、いにしえを思うと。)


  (怀古忧思,长眠在安崎野的先人们,你们可安否?)


47 ま草刈る 荒野にはあれど 黄葉の 過ぎにし君が 形見とぞ来し


  (荒れ野ではあるけれど、ここを亡き皇子の形見の地と思ってやってきたのだ。)


  (荒草萋萋无人刈,旧地重游为故君。)


49 日並皇子の命の 馬並めて み狩立たしし 時は来向かふ


  (日並皇子が馬を並べて狩りに出られた、今まさにそのときが来た。)


  (日并皇子策马来,狩猎时节又逢君。)


  月色隐去,曙光初现。狩猎也随着黎明的到来即将结束。歌人追古思今,通过象征手法,高度赞颂了重临故地的轻皇子。


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【汉语翻译】


46 安崎大野,客宿众旅人;怀古泳幽思,入夜岂安寝。


47 荒野刈草地,红叶已无存;凭吊来,忆吾君。


48 东方野地,阳炎刚升起;转身回首望,晓月偏西。


49 日并皇子,并马驱驰;起身狩猎,正是此际。??????????????? ——–摘自赵乐甡译《万叶集》


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注:日语部分摘自日本角川书店《万叶集》


  蓝色部分由笔者编译。