「とても偉大な人物とはいえない。あまりお金もうけもできなかったし、名前が新聞に出たこともない」平凡なセールスマンの物語が、半世紀以上にわたって世界の多くの人々を魅了してきた。

 1949年初演の「セールスマンの死」で知られる米国の劇作家アーサー?ミラーが89歳で亡くなった。劇の主人公と違って決して平凡とはいえない波乱の生涯だった。新聞をにぎわしたこともたびたびだった。

 まず、女優のマリリン?モンローとの結婚と離婚がある。「鳥小屋の中の見知らぬ鳥」のような彼女に魅せられ一緒になった。しかし、5年ほどで破綻(はたん)した。彼女を「神経症」と薬物依存から救い出すことができなかった、と後に明かす。

 一生つきまとったのは「アメリカとの闘い」だったといえよう。とりわけ50年代の「赤狩り」、マッカーシズムの時代には渦中に巻き込まれた。非米委員会に呼び出され、知っているコミュニスト作家の名前を挙げるように強要された。拒否し、罰金刑を受けた。

 「セールスマンの死」では、息子の将来に夢を託しつつ自分もささやかな成功者になろうと身を削った男が夢破れ、死を選ぶ。「アメリカの夢」が「アメリカの悲劇」に転じる物語だ。米国社会への苦い批評が込められる。9?11テロ後、米国に広がった息苦しい体制にも「市民の権利が脅かされる」と批評を怠らなかった。

 平凡な人間の夢と挫折を描いて演劇史を画する名作を残した非凡な作家だった。ニューヨークの劇場街は11日夜、入り口の明かりを暗くして死を悼んだ。