ドイツが連合国に降伏したのは、60年前の5月だった。いよいよ敗色が濃くなった頃、ヒトラーは、岩塩坑に疎開させていた世界の名画を破壊する命令を下す。

 米軍によって危うく難を免れたという絵が、東京に来ている。ベルリン国立博物館群の収蔵品を集めた「ベルリンの至宝展」(上野?東京国立博物館 6月12日まで、7月に神戸に巡回)の「温室にて」である。

 フランス印象派のマネが、温室の中にいる知人の夫婦を描いたこの絵は「ベルリン美術の運命を象徴している」と、博物館群の総館長が述べている。19世紀末に当時の美術館長が購入した。しかし印象派はまだそれほど認められておらず、温室が恋愛小説のエロチックな舞台に多用されていたため、国会で非難された。館長は辞任する。

 ヒトラーの破壊命令はくぐり抜けたが、戦後は旧西ドイツ側に置かれ たため、東ドイツ側の元の美術館に戻ったのは統一後の94年だった。ベルリンという土地柄、20世紀の歴史を色濃くまとう来歴だ。

 紀元前3千年のエジプト美術に始まり、ヨーロッパ近代絵画にまで至る「至宝の厚み」には、やはり相当の迫力がある。イラク?バビロンで出土した、ほえるライオンの躍動的な装飾煉瓦(れんが)壁、暗闇を背に小首をかしげて立つ女性の裸の肩を、長い髪が光りつつ流れるボッティチェリの「ヴィーナス」

 ギリシャ神話の壷(つぼ)やコーランの書見台もある。その姿形や文化、時代はさまざまだ。一見脈絡がなさそうだが、人間の営みはひとつながりとも感じる「5000年の旅」である。