「その話は墓場まで持ってゆく」。世間では、なかば冗談で言うこともある。

 冗談ではなく、その人物が墓場に行くまでは明かされないはずだった秘密が、突然明かされた。ニクソン米大統領が辞任に追い込まれたウォーターゲート事件報道の情報源だった人物を指す「ディープスロート」の正体である。

 事件当時、連邦捜査局(FBI)の副長官を務めていたマーク?フェルト氏、91歳だった。自宅で手を振る姿は、さすがに老いを感じさせるが、当時は50代後半だった。

 ディープスロートは、ワシントン?ポスト紙のウッドワード、バーンスタイン両記者が事件の報道過程を書いた『大統領の陰謀』(立風書房)に繰り返し出てくる。ウッドワード記者と駐車場などで会い、民主党全国委員会本部に侵入して盗聴器を仕掛けようとした事件の裏側を話した。

 時には、大統領の側近たちが卑劣な手段を使って権力にしがみつくあさましさを語った。ウッドワード記者は「数々の戦闘で戦い疲れた人間の諦(あきら)めを感じた」という。そして、ディープスロートを「賢者だと思った。冷静で、入手できる最高の真実しか信用しないような人である」と描いた。

 今回は、フェルト氏自身が雑誌でディープスロート本人と名乗ったことで、両記者も「計り知れないほどの支援を受けた」と認めた。秘匿の約束を守り通した記者があり、記者たちを支え、政府に抗して報道を貫いた新聞社があった。フェルト氏の33年ぶりの「告白」と笑顔に、メディアのありかたが改めて問われるような思いがした。