苦無、と書いて「くない」と読む。昔、忍者が使った道具の一つだ。「鉄製の太い釘(くぎ)を中央から平らめて柳葉状にしたもので、忍者が土台下を掘って潜入するのに用いた。大小あり、ときには手裏剣にも使えた」(『図説日本武道辞典』柏書房)。

 全国各地のガードレールで次々にみつかっている金属片が、忍者の持ち物であるはずはない。しかし、先のとがった形には、苦無の「柳葉状」を思わせるところがある。ガードレールから突き出たさまは、塀の上にとがった金属を立てた「忍び返し」を連想させる。なぜこんなものが、これだけ多く、しかも全国にあるのか。不思議であり、不気味だ。

 故意に置かれたものとすれば、実に悪質な犯行だ。音もなく、鋭い爪(つめ)を立て、誰かが傷つくのを待つ。傷が深ければ命にもかかわるような凶悪な仕掛けをして回る姿は、想像する だにおぞましい。全都道府県に仕掛けるだけの員数も要るだろう。

 故意ではないとすると、どうか。ガードレールの設置業者は「部品ではないし、設置工事には使わない」という。これほど危険なものが、こんなに多く現場に放置されるとは考えにくい。

 車の整備業者などには、接触した車のボディーの一部がはがれたのではないかとの見方もあるという。事故とするならば、金属片の見つかった個所数が、地域によってかなり違うのはなぜか。突如牙をむいた未確認危険物体の謎が深まる。

 本来ガードレールは、人の安全を守るための装置のはずだ。そこに、苦無のような切っ先が潜んでいるようではたまらない。