イブラヒムおじさんは、パリの下町で小さな食料品店を営んでいる。フランソワ?デュペイロン監督の映画「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」(03年)は、このトルコ移民の老人と孤独な少年の心の物語だ。

 異国でひっそり暮らす信心深いイスラム教徒を、70代に入った名優オマー?シャリフが演じた。落ち着いたたたずまいは持ち前だが、その姿は、異国にとけ込もうとする移民の知恵や、必要に迫られて身につける「擬態」を表しているようだった。

 移民が周りから際だたない暮らしを強いられるのはフランスに限らない。周りにとけ込む姿勢をとりつつも、移民一世の場合は母国への思いが心の支えになっているのだろう。

 ロンドンの同時爆弾テロ事件の容疑者の多くはパキスタン系だった。親たちが、かつて植民地支配していた英国に来た後に生まれた。そして近年、こうした移民二世や三世の帰属意識が改めて注目されている。

 ロンドンのイスラム人権委員会のアンケートで「英国社会の一員だ」と答えたイスラム教徒は約4割にとどまった。一方で「差別を受けた」と答えた人は8割もいた。母なる国も、安らげる居場所も無いという悲痛な思いで日々を過ごす青年も多いのか。

 イブラヒムおじさんは、親を失った少年を養子にして、ふたりでトルコへ旅する。そこには安らぎと悲しみとが待っていた。母国で土に帰る老人と、別離を越えて生きてゆく少年と。国籍や民族、そして親と子すらも超えた、ひとりとひとりの人間のきずなへの希求が静かに描かれていた。