「口をのぞけば家庭がみえる」。小児歯科にかかわる人の間で、そんなことが言われている。治療をしないまま、たくさんの虫歯が長く放置されている。口の中が不潔で歯垢(しこう)がべったり張りついている。こんな時、保護者に子育ての様子をたずねてみることも提唱されている。

 3年前、暴力や育児放棄などから保護された子どもを東京都と都歯科医師会が調べたところ、虫歯や未治療の歯が目立った。「歯科の現場で児童虐待のサインを見つけられるかもしれない」と、各地の歯科医師会では、異変を発見したら連絡するよう会員に呼びかけるところも出始めた。

 「でも、もう一押しが足りません」と千葉県歯科医師会長の岸田隆さんは言う。昨年から注意を促しているが、報告はまだ一件もない。

 「そもそも、進んで治療に来る子の家庭に問題がある可能性は低い」と岸田さんはみる。発見の一つの鍵は乳幼児に一斉に行う歯科検診だが、十数%は会場に来ない。色々な事情が考えられるが「やはり、その十数%に問題が潜んでいるのではないか」

 未受診の子を訪ね歩き、歯を診て、保護者とも言葉を交わしてみてはどうか、と岸田さんは提案する。子どもたちを救う大きな手だてになるのではないかと、目下、県に予算を組んでくれるよう求めているところだ。

 昨年度の児童相談所への虐待相談は全国で約3万3千件。十数年で30倍に増えた。心を凍らせた子どもは、まだたくさんいる。「無関心ではいられない」。岸田さんの言葉は、大人一人ひとりに投げかけられている。