三蔵法師の名で知られる中国唐代の僧?玄奘が、その長大な旅行記『大唐西域記』に記している。「迦湿弥羅(カシミール)国は周囲七千余里ある。四方は山を背負っており、その山は極めて険しい」(東洋文庫?水谷真成訳注)。

 パキスタンの北部で起きた大地震は、日がたつにつれて犠牲者の数が大きく増えている。カシミール地方などの山岳地帯に被害が集中しており、ムシャラフ大統領は各国に援助を要請した。

 日本の援助隊も活動を始めた。隣国のアフガニスタンに駐留する米軍が輸送ヘリを派遣し、英、仏、オランダ、トルコからも援助隊が向かったという。

 国連の人道問題調整事務所(OCHA)が各国の調整にあたる。救助に向かう動きは、まずは滑らかなようだ。しかし険しい山岳地帯ということもあって、がれきの下に人がいるのが分かっていながら救助の手が届かないところがあるという。救助は時間との勝負だ。平時から、各国が効率よく手分けして一刻も早く現場で活動が始められるような仕組みと備えが必要なのではないか。

 玄奘は「気候は寒さ勁(きび)しく雪多く風は少ない」とも書いた。きびしいのは、間近に迫る寒さだけではない。カシミールは、パキスタンとインドの領有権争いという厳しい歴史も背負っている。インド側でも、ジャム?カシミール州を中心に多くの死者と家屋倒壊の被害が出たという。

 崩れた建物の壁とたたかう被災者に、国と国との争いという壁まで負わせてはなるまい。両国政府は、互いの国境と歴史を超え、手を携えて命を救ってほしい。