アガサ?クリスティーの推理小説『蒼ざめた馬』(早川書房)には、犯行に使われる毒物としてタリウムが出てくる。登場人物のひとりが言う。「タリウムは味もしないし、水に溶けるし、簡単に手にはいる。大事なのはただ一点、絶対に毒殺を疑われないようにすることです」

 静岡県の高校の16歳の女子生徒が、タリウムを使って母親を殺害しようとしたとして逮捕された。容疑は否認した。女子生徒は、インターネットに公開している自分の日記で、「蒼ざめた馬」に触れていたという。

 警察の調べでは、問題のタリウムは、近所の薬局で「化学の実験に使う」と言って買ったという。極めて毒性の強いタリウムが、なぜ簡単に女子生徒の手に渡ったのだろうか。

 法律では、18歳未満の相手に売ることは禁じられている。女子生徒は、住所、氏名は偽ることなく所定の用紙に書いていたという。目的や年齢を、しっかりと確認する手だてが必要なのではないか。

 警察は、女子生徒の部屋から、英国人のグレアム?ヤングの生涯をつづった日本語訳本を押収した。タリウムなどの劇物を使って、義母や同僚を次々に毒殺した人物だ。女子生徒は、日記に「尊敬する人の伝記」と書いていたという。

 訳本を読んでみた。しかし、幼いころからヒトラーに夢中になり、後に殺人を繰り返したような男が、なぜ「尊敬する人」になったのかは、やはり分からなかった。いわば古めかしい存在である毒薬と、真新しいネットの世界を前にしながら、女子生徒は日々何を思っていたのだろうか。