古代ローマのアウグストゥス帝の時代に、ウィトルーウィウスという技術者がいた。彼の『建築書』には、魔法のような働きをする建築材料が記されている。

 この「自然のままで驚くべき効果を生ずる一種の粉末」は、ナポリ近郊のベズビオ山の周囲の野に産出する。「これと石灰および割り石との混合物は、他の建築工事に強さをもたらすだけでなく、突堤を海中に築く場合にも水中で固まる」(森田慶一訳?東海大学出版会)。

 この粉末は火山灰で、古代のセメントの原料だったという。近現代に至って、鉄とコンクリートを組み合わせた鉄筋建築が世界の都市に広まっていった。無機的で殺風景だが、何より半永久的という丈夫さが売り物だった。

 ところが、建築して間もない首都圏のマンションやホテルで、地震への弱さが問題になっている。千葉県内の建築士が、耐震性にかかわる構造計算書を偽造していた。建築コストを抑えることで、「仕事を増やしたかった」というが、弱い建物に日々身をあずけている住民は、たまったものではない。

 構造計算書などを基にした建築確認申請は、検査会社が検査している。しかし、偽造を認めた建築士は「ノーチェック状態だった」と述べた。建設会社や建築現場の人たちは、使う鉄筋などに疑問を持たなかったのだろうか。「コスト削減が業界の流れ」という建築士の言葉も気になる。

 常に倒壊の恐怖につきまとわれている住民の救済が第一だが、建築確認の仕組みの点検も急ぐ必要がある。地震は待ってはくれないのだから。