Archive for 11月, 2005

 11月3日が「文化の日」になったのは、1948年、昭和23年からだ。以前は、明治天皇の誕生日を祝う「明治節」だった。

 敗戦翌年の昭和21年のこの日、明治憲法を全面的に改めた日本国憲法が公布された。翌日の本紙には「歴史の日」「平和新生へ道開く」「宮城前で祝賀大会 十万人の大唱和」などの見出しが並ぶ。

 作家の山本有三が寄稿している。「戦争権を放棄したといつても、日本は本来軍国主義の国であるから、いつあばれださないとも限らない」。山本はこんな「世界の現実主義者からの疑惑」を想定し、反論として、ニューヨーク?タイムズの東京特派員だったヒュー?バイアスが戦時中に書いた冷静な日本分析「敵国日本」を引く。

 「日本を手におえぬ軍国主義の国家であるとすることは、歴史を無視した単純な議論である……日本歴史は、日本民族が最も非冒険的な民族である事を示しているのだ。日本にはひとりのジンギスカンも、ひとりのコロンブスもいない」

 山本は、日本は秀吉の朝鮮出兵や近年のシベリア出兵、太平洋戦争のように外国に領土を求めた時にことごとく失敗しているとし、侵略しなかった時代の長さを指摘する。「私はこゝに日本の国民性を考えたい」。そして、新憲法の「戦争放棄」は「世界平和への日本の決意」と述べた。

 戦後60年、日本はともかくも戦争をせず、米国の傘下で「平和」を享受してきた。そして自らも世界有数の軍備を持つに至った。これからは「軍備大国」でもある日本の「世界平和への決意」が一層問われる。

 60年前、都内に住む国民学校5年生が日記にこう書いた。「本日は連合軍進駐の日とて、米機すこぶる低空にていういうと飛び行く。くやしいが如何(いかん)とも出来ぬ。ただ勉強するのみ」

 やがて占領軍の命令で、教科書の軍国主義的な個所を墨で塗らされ、絶対と信じていた天皇中心の日本史が否定された。少年は思い知らされた、戦争の結果次第で歴史は書き換えられるのだと。

 後にアメリカ歴史学会の会長を日本人として初めて務めた入江昭ハーバード大教授(71)である。このほど出した回想録『歴史を学ぶということ』(講談社現代新書)で、教科書の墨塗りが自分の歴史家としての出発点だったとふりかえっている。

 それは、歴史は勝者が書くのだという単純な論ではない。「国家権力や政治的思惑によって歴史が書き換えられうるからこそ、歴史家はあくまでも自由な意思と努力で史実を追求しなければならない」という決意だ。

 入江さんの仕事の特色は、一国だけの狭い視点ではなく、国家を超える経済や文化の動きを視野に入れて、国際社会の全体像を描き出すことだ。「学問はナショナリズムから自由にならねばならない」という思いに支えられている。

 「歴史とは現在と過去との対話だ」(英国の史家E?H?カー)と言われるが、現在の問題意識で歴史はいかようにでも解釈できるということでは困る。教科書に墨を塗っても、歴史は塗りつぶせない。肝要なのは、塗りつぶした過去との冷静な対話ではないか。軍国少年から出発した入江さんの歩みがそれを示している。