あたりに人気のない建設現場を、風が渡ってゆく。敷地の囲いのすき間から建物が見える。既に見上げるほどに高く組み上げられているが、工事はもう進まない。

 建築士による耐震データの偽造で工事が中断した、東京近郊のマンションの一つを見た。「安全を総(すべ)てに最優先する」。建物の覆いに掲げられた建設会社の標語だが、肝心の建物の安全の方が否定されてしまった。建設中に廃虚となったその姿は、寒々しい。

 旧約聖書の「創世記」に、バベルの塔が出てくる。「さあ、我々は一つの町を建て、頂きが天に達する塔を造り、それによって我々の名を有名にしよう」(岩波文庫?関根正雄訳)。人間のおごりを憎んだ神は、彼らの言葉を乱して互いに通じないようにしたため、塔の建設は止まった。

 現代の塔の建設を巡る言葉の乱れは、データ偽造の発覚から始まった。建物にかかわった人たちが話すのは日本語には違いないが、互いに通じ合っていない。

 建築士や建設会社、販売会社、検査会社などが入り乱れてしゃべるのだが、真相がどうだったのかが見えてこない。捜査という通訳が早急に入って、言葉の乱れをただすしかないのだろう。

 やはりデータの偽造で問題になっている都内の入居済みのマンションに行く。皮肉なことに、模範となる優良物件として、偽造の発覚前に業界団体の優秀事業賞を受けた。外壁はグレーと茶に彩られ、落ち着いたたたずまいを見せている。しかし、その内側には、いつ起こるかも知れない地震への恐れと憤りとが満ちているようだった。