2016年の夏季五輪に向けて、国内の候補都市を来年8月末までに一本化するという。既に手をあげている東京都、福岡市や模索中の札幌市は、五輪の開催を景気回復や道路、新幹線整備などの「起爆剤」とみているそうだ。

 五輪は独特の輝きを放つ催しだ。肥大化や招致競争の過熱、選手の薬物汚染などの問題は深刻だが、いつも多くの感動的な場面が生まれ、人を酔わせる。開催される都市や国の夢を担ってきた。

 東京五輪は、焦土からの完全な復興を国際社会に示すという戦後日本の大きな夢を背負っていた。それが1964年、昭和39年の秋に実現したとも言えるが、一方で、五輪成功の旗印のもとに、街は大きく造りかえられた。

 五輪の少し前の東京を舞台にした映画「ALWAYS 三丁目の夕日」(山崎貴監督)が公開されている。東京タワーが建設中だった昭和33年の都心の街での、さまざまな人模様が描かれる。大通りはともかく、裏通りと路地の多くは、自動車ではなく、まだ人と自転車のものだった。

 東京での職場は光り輝いているものと思い描いてきた集団就職の少女の夢が、いったんは破れる。しかし、そこには、路地の網の目のように張り巡らされた人の心の結びつきがあった。

 東京に限らず、改造の度に、都会からはこうした心の路地や自然が失われてきた。もし2016年に五輪が来たら、その都市はどんな変化をするのだろうか。巨額の出資を伴う「起爆剤」や「再開発」が、残されていた貴重なものすら取り払うことのないように願いたい。