アドリア海に注ぐイタリアのルビコン川は、古代ローマ時代にカエサルが「賽(さい)は投げられた」と言って渡った故事で知られる。河口近くの町で見たルビコン川は、幅十数メートルの小さな流れだった。

 橋のたもとにカエサルの像が立っている。渡れば元老院に背くことになるその一線を、彼は越えた。川は小さかったかもしれないが、歴史への刻印は大きかった。

 耐震強度を偽装した姉歯秀次元建築士が、一線を越えて法に背いたのは、1998年ごろだったという。昨日、国会の証人喚問で証言した。鉄筋を減らすのはこれ以上は無理だと、木村建設側に何度も言ったという。それでも「減らしてくれ」と言われる。「断ると収入が限りなくゼロになる」。そして、ついに「やってはいけないと思いながらやった」

 木村建設側は偽装への関与を否定した。真相はまだ分からない。しかし、一線を越えた後、建設され続けた偽装の疑いのある建物は、数十棟にも及ぶという。その一つ一つで営まれていた人々の暮らしが大きくゆさぶられた。捜査による早期の解明を待ちたい。

 20年近く前、出張先のローマで、高層住宅の一角が突然崩れ落ちたという現場を見た。別の建物では、ひさしが崩れてけが人が出ていた。その一方、2千年も前のカエサルの時代の建築は往時の姿をとどめている。「永遠の都」の皮肉な一面だった。

 国会で、今後の改善策を問われた元建築士は、民間の検査機関の審査を厳しくチェックしてほしいと述べた。偽装建築士が、偽装対策を語る。皮肉な問答だった。