〈泥いろの山椒魚(さんしょううお)は生きんとし見つつしをればしづかなるかも〉。斎藤茂吉の歌集「赤光」の中の一首である。両生類のサンショウウオは夜行性で、水中にひっそりと暮らしている。

 鳴くこともない静かなサンショウウオが、川の堰(せき)を懸命にはい上がろうとしているという。兵庫県豊岡市の出石(いずし)川でのことだ。ある夜は、体長40~70センチぐらいのオオサンショウウオ10匹ほどが、高さ約1?5メートルの堰のすぐ下に居たという。

 流れに逆らうように短い手足を動かし、時には立ち上がるようにして堰にはりつくが、長くは続かない。姿形も独特な、国の特別天然記念物の「生きた化石」が、力を尽くして「生きん」としているかのようだ。

 県では200匹以上のオオサンショウウオを確認した。周辺では、改修工事が予定されている。近く、池や養殖場のようなところに保護するという。

 この両生類最大の生き物を西欧に紹介したのは、シーボルトだった。オランダ商館長が江戸幕府を表敬するのに随行した際、鈴鹿峠の辺りでオオサンショウウオを手に入れた。江戸へ行き、長崎へ戻り、海路オランダまで生きたまま運んだという。合わせて4年以上も飼っていた(小原二郎『大山椒魚』どうぶつ社)。

 「山椒魚は悲しんだ」は、井伏鱒二の「山椒魚」の書き出しだ。岩屋の出入り口より頭が大きくなって閉じこめられた山椒魚の物語には「ああ寒いほど独りぼっちだ!」の一句もある。独特のユーモアと哀感のこもる作品だが、出石川の方では、「山椒魚は喜んだ」となってほしい。