星期三 二月18 2004
籠(こ)もよ み籠(こ)持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串(ふくし)持ち この岡に 菜(な)摘(つ)ます子 家告(いへの)らせ 名告(の)らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我(わ)れこそ居(を)れ しきなべて 我(わ)れこそ居(を)れ 我(わ)れにこそは 告らめ 家(いへ)をも名をも 【注釈】籠は摘んだ若菜を入れる。掘串は土を掘るヘラ。「み籠」「み掘串」の「み」は美称で、相手の持ち物を讃える。「そらみつ」は「大和」にかかる枕詞。 (“籠”用于盛摘下的菜叶,“掘串”则是挖土地铲子。前缀“み”是美称,用以称赞对方的事物。“そらみつ”则是修饰“大和”的枕词。) 古代、名にはそのものの霊魂が宿っていると考えられていた。だから、名告りは重要なことで、男が女の名を尋ねるのは求婚を意味し、女が名を明かすのは承諾を意味した。「我にこそは告らめ」を「我こそば(こそ+は)告らめ」と読み、天皇がまず自ら名を告るとする説もある。また、早春、娘たちが野山に出て若菜を摘み食べるのは、成人の儀式でもあったという。 (古时认为名字上寄附着事物的灵魂。因此,告知姓名是件非常重要的事,以至于如果男子询问女子的姓名就意味着求婚,而女方的回答也就意味着答允了。有学者认为“我にこそは告らめ”当读作“我こそば(こそ+は)告らめ”,是天皇率先说出自己姓名的意思。另外,早春时节,姑娘们上山择菜而食,在当时是一项标志成人的仪式。) この歌は雄略天皇の作とされるが、万葉の当時から約二百年も前の天皇なので、実作ではなく伝承された歌謡と考えされる。『古事記』には雄略天皇の求婚の話が多く出てくるので、この歌の作者ともされたのであろう。たとえば、求婚した娘が岡のほとりに隠れてしまったので、「金のすきーー土を掘り返す道具ーーが五百も欲しい、それで岡を掘り返したい」と詠まれたとある。 (此歌虽注为雄略天皇所作,但雄略天皇乃是早于万叶大约200年左右的人物,因此,一般认为这并非御诗而只是传承下来的歌谣。《古事记》当中有许多雄略天皇求婚的故事,这位作者大概也是得灵感与此吧。比如,后来姑娘躲进山冈,就有这样的民谣“愿得铁锄五百杆,掘地三尺觅芳踪”。) 草木が芽吹く春の訪れとともに、天皇の結婚は繁栄の象徴である。いかにも万葉らしい素朴で大らかなリズムは、巻頭を飾るにふさわしい生命力に満ちている。 (春天来临,万物复苏。天皇的婚姻就是繁荣的象征。此歌朴素大方,正是万叶风格。用以开篇,当真是生机盎然。) 【日本語訳】籠も、良い籠を持ち、掘串も、良い掘串を持ち、この岡で若菜を摘んでいる娘さん。家がどこか言いなさい、名前を言いなさいな。この広い大和の国は、ことごとく私が従えているのだが、隅々まで私が治めているのだが、この私にこそ教えてくれるでしょうね。あなたの家も名も。 (一手揽竹筐,一手持小铲。哎哟就是你,岭上择菜娘。愿你把家告,请你把名讲。煌煌大和国,惟尊我为王。村村与镇镇,均由我治辖。何妨只对我,来把家名告。) 【中国語訳】一手持木铲,美哉小木铲!一手提竹筐,精巧小竹筐!来此山冈上,采菜少女郎。愿你把家告,愿你将名讲。在此大和国,惟尊我为王;在此国土中,惟服吾为皇。抑或先由我,开口将家名,通统对你讲? 注:日语部分出自日本角川书店《万叶集》 【中国語訳】部分选自赵乐甡先生译《万叶集》。

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