海の底には、富士山やキリマンジャロに勝るとも劣らないような大きな孤立した山が、数多く潜んでいるという。千メートル以上の山を、海山と呼ぶ。ある共通する分野の人の名前がつけられた海山の集団もある。

  ハワイの北の太平洋には、音楽家海山列がある。バッハ海山から、ベートーベン、チャイコフスキー、ラベル、マーラー海山までがそろっている。アラスカ沖には、数学者海山列もある。「海山は深海という夜空に輝く星座である」と言った人もいる(『生きている深海底』平凡社)。

  海山が輝く星ならば、海溝は沈黙の闇だろうか。世界で最も深いマリアナ海溝の闇の中で、「生きた化石」とされる生物が見つかった。アメーバに近い「有孔虫(ゆうこうちゅう)」の仲間で、8億~10億年前からその姿を変えていないという。深さ1万メートルを超す闇が、この原始的な生物の「避難所」だったとの見方もあった。

  「ここはどこだろう?……私がしゃべろうとすると、ネモ艦長は手振りでそれをとどめ、(海底に)落ちている白い石を拾って、黒い玄武岩のそばに進みより、その上に『アトランティス』と、ただ一語書き記した」

  ジュール?ベルヌ作「海底二万リーグ」(『世界SF全集』早川書房)の一節だ。「アトランティス大陸」の水没伝説のように、未知の海底は謎に満ちた闇でもあった。

  海底には、泥や砂が、ゆっくりだが絶え間なく積もり続けているという。陸上では、人間の手や浸食で消えてしまう記憶が、深海の底では残る。小さな有孔虫にも、地球の太古の記憶が刻まれている。