「それは生前われわれに最も身近なものであり、最も愛すべきものであった」。アメリカの地方紙に、「現金の死亡広告」が載ったのは、ざっと40年前である。

 クレジットカードの「ダイナースクラブ」を創設したひとりの出身地の新聞で、この「広告」には、こんなくだりもある。「数千年の昔、物々交換の申し子として生まれ、交易の養子となり成育した『現金』は本日……死亡した」(『日本ダイナースクラブ 30』)。

 実際には、現金は死ななかった。しかし、その後に世界に広まる「キャッシュレス」や「プラスチックマネー」の時代を予告していた。数年前、偽造したクレジットカードによる犯罪が急増したが、最近では、金融機関のキャッシュカードの不正使用が大きな社会問題になっている。

 先日、偽造カードで預貯金を引き出されるなどした被害者が、被害金などを返還するよう銀行などに集団で要求した。1千万円以上の退職金がゼロになったり、十数分で400万円が消えたりと、被害者は金銭の損害と心の痛手を同時に受けた。

 欧米では被害者の責任限度額を設けている国があるという。金融機関のみならず、人も金も国境を越えて行き来する時代だ。預貯金者の保護で内外格差があってはなるまい。

 「それは生前われわれの身近なものであった。いつでも、どこでも、いくらでもという便利さでスピード時代の申し子となった。しかし、その便利さが命取りになり本日……」。銀行や国の対応次第では、いつの日か、こんな「広告」が出ないとも限らない。