そのむかし元号は頻繁に変更された。皇位が代わった時だけではない。天災や兵乱の年、吉祥の動物が献上された年にも改元されている。大化から平成まで平均で5年、短いと2カ月で変わった。

 一番長いのは昭和だが、最初の昭和元年はごく短かった。暮れの25日に大正天皇が亡くなって昭和の世となり、1週間後にはもう昭和2年が始まる。元年の短さが最近、裁判で争点になった。

 怪しい一味が東京都板橋区内の女性宅に忍び込んだ。通帳と印鑑を盗み、女性が1926年の6月1日生まれであることも割り出した。暦の換算表でも見たのか、一味は偽造した保険証に「昭和1年6月1日」生まれと書き込む。実在しない日付である。銀行に現れたのはそれらしい年格好の女性。窓口で保険証を見せ、定期預金600万円を引き出して逃げた。

 被害女性は裁判を起こしたが、銀行は非を認めない。法廷では「昭和改元の詔書」も持ち出された。先週言い渡された地裁判決で、軍配は女性の側にあがった。「昭和1年がほとんどないことは社会常識のはず。行員は怪しい生年月日に気づくべきだった」と。

 作家の佐野洋氏に『元号裁判』という小説がある(文春文庫)。大正15年12月24日に生まれた主人公が、あと1日遅ければ「昭和の子」になれたのに、とつぶやく場面がある。実際に時代の境目に生を受けた人たちにも、格別の思いがあるのだろう。

 今年は昭和なら80年である。大正だと94年、明治では138年にあたる。「なりすまし犯」ならずとも西暦との換算には悩まされる。