ゆるい坂道に白い手袋が一つ落ちていた。人さし指が空を向いている。落ちた手袋は、妙に気にかかる。今は持ち主を失ってしまったものが、手の形を残しつつ何事かを語りかけてくる。

 貧しい男の子が雪道に落ちている真っ赤な手袋を見つけ、抱くようにして病気の姉に持ち帰る童話は、小川未明の「赤い手袋」である。手袋といえば、新美南吉の「手袋を買ひに」も印象深い。

 母狐(ぎつね)が、子狐の片方の手を人間の手に変える。店で、陰からその手を出して買うように教える。狐の手を出すと捕まる、人間は怖いからと。しかし子狐は狐の方を出してしまう。ところが店の人は手袋を売ってくれた。人間はちっとも怖くないと子狐から聞いた母狐がつぶやく。「ほんとうに人間はいいものかしら」

 現実の世界では、防寒以外にも手袋の使い道は多い。大勢の人を指揮するような立場の人たちにも使われてきた。

 巨大な西武グループを長く指揮してきた堤義明?コクド前会長が、株の虚偽記載などの容疑で逮捕された。元コクド役員は「専制君主の終焉(しゅうえん)」と述べた。この「専制君主」が君臨し指揮する時には、常に「先代」という、目には見えない手袋をしていたように思われる。創始者である父?康次郎氏の遺訓の指し示す方へ、自らの手を動かしていたのかも知れない。

 先代によって「三十にして立つ」の頃に社長に据えられたこの人も「心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず」の70歳となった。今は、ひとまず手袋を脱いで、検察が「矩を踰えた」とする事柄と向き合ってほしい。