ある午後、街中の食堂でカレーライスを食べていた。近い席に同じ頃座った外国の青年も、カレーライスを食べていた。青年は割りばしでご飯を少しずつつまみ、カレーに浸してゆっくりと口に運んでいる。皿のそばに、みそ汁もあった。

 「短い人生。みんな同じ。急ぎすぎて失敗するより、ゆっくり生きた方がいい」。108カ国に8万人の会員を持つスローフード協会のイタリア人会長、カルロ?ペトリーニさんが来日し、そう述べたという。

 協会は、89年にパリで、独特の味わいをもつ「スローフード宣言」を採択した。「私たちはスピードに束縛され、誰もが同じウイルスに感染している。私たちの慣習を狂わせ、家庭内にまで入り込み、『ファーストフード』を食することを強いる『ファーストライフ』というウイルスに」

 ペトリーニさんの『スローフード?バイブル』(日本放送出版協会)には、和食こそ日本のスローフードとある。「日本人の皆さんには、個性のない食べ物、日本人らしさを損なう食べ物に屈してほしくない」

 ファストフードの国からは、ライス国務長官が来日し、牛肉の輸入再開を訴えた。それがアメリカの国益の追求ということだろうが、国益には一部の「集団益」になりかねない面もある。「日本の検討のプロセスは信じられないほど遅い」。こんな声もあるというが、日本側はいたずらに急ぐことなく、安全優先の「国民益」で臨んでほしい。

 カレーライスを食べ終えてそそくさと席を立ったが、青年の皿には、まだたっぷりと残っていた。