「悲しい出来事で洞窟(どうくつ)の存在を大人たちは初めて知った。もっと早く知っていれば防げたと悔やまれる」。鹿児島市の洞窟で死亡した生徒4人が通っていた中学校の校長先生が、朝会で述べたという。

 この洞窟が、第二次大戦での壕(ごう)だったとすれば、約60年もの年月が流れている。そのどこかで、大人の目が届き、惨事の現場にならないような手だてがとれなかったものか。

 4人とも13歳だった。心身ともに急成長する時期だ。日常から、一歩別の世界へ踏み出したくなる思いは、多くの人に覚えがあるだろう。洞窟は、奥には危険が潜んでいることを感じさせつつ、誘いかけてくる。太古の時代の祖先が、そんな場所ですごしていたというような、尾てい骨の記憶を呼び覚ます。

 校長は、こうも述べた。「チャレンジする気持ちは若者らしく、頼もしく感じる。冒険には危険がつきまとうことを認識した上で臨むことが必要です」

 チャレンジという言葉からは、十数年前のアメリカ映画「スタンド?バイ?ミー」を思い起こした。12歳の少年たち4人が、小さな冒険の旅へ出る。夜の闇や恐怖と戦いながら成長してゆく姿が、映画の題名になったベン?E?キングの歌とともに、見る者に強く訴えかけてきた。「夜の闇が あたりを包み/月明りしか 見えなくても/ぼくは 怖くない……君がそばに いてくれるなら……」(『スタンド?バイ?ミー メモリアル』)。

 つい先日まで、そばに元気で居た4人が、今は居ない。朝会での黙祷(もくとう)では、立ち上がれない生徒もいたという。