地下鉄のホームに満員電車が入ってきた。つえを突いた初老の女性が乗り込む。すぐ中年の男性が立ちあがり、女性は会釈して座った。「日本も、そう捨てたものではない」と思いつつ、この「日本」は「ニホン」かそれとも「ニッポン」かと少し思案した。

 「日本」がどう発音されているかという調査結果を国立国語研究所などがまとめた。1400人余の700万語以上の話し言葉を調べると「ニホン」が圧倒的に多かった。「日本一」や「日本代表」でも「ニッポン率」は約2割で、「日本」では「ニホン」が96%を占めた。

 「我国号の呼称はニツポンとす」。文部省国語調査会の決定を伝える、34年、昭和9年の本紙の見出しだ。しかし法的な規制はなかった。大日本帝国から日本国になって60年、「ニホン」の定着を印象づける結果だ。

 『日本国語大辞典』では、特に「ニッポン」とよみならわされているものを除き、すべて「ニホン」にまとめている。「ニッポン」の項の一つに日本銀行がある。紙幣の裏は今も「NIPPON GINKO」だ。

 地下鉄の駅を出ると、けたたましい警笛音がした。一方通行の道を逆進しかけた車への警笛らしい。どぎまぎしている運転席の青年に作業服の男性が「オーライオーライ」と大きな声をかけ、バックさせて横の道に誘導した。青年は深く頭を下げて走り去った。

 再び「日本も捨てたものでは……」が浮かんできた。そしてなぜか、国を指すなら日本(ニホン)かもしれないが、さわやかな人を指す時には日本(ニッポン)人という響きもいいと思った。