去年の5月、東京西郊の公園でチョウチョウをめぐってパトカーが出動する騒ぎがあった。

 よく晴れた日の昼前のことだ。数人の男女がそれぞれにカメラを構え、虫や鳥を撮影していた。そこへ保育園児が10人ほどやってきた。「さあチョウチョを捕まえるぞ」。引率の男の先生が捕虫網を配り始めると、カメラを持った男性が制した。「ここではチョウは捕らない決まりです」

 先生の記憶では、たちまち険悪な空気になった。「何年も前からここで虫を捕ってきた」と言うと、「羽化したばかりのチョウを捕るのはよくない」と切り返され、口論になったという。撮影の一人が携帯電話で110番に通報し、パトカーが来た。警官は双方から言い分を聴いた。「お気持ちはわかるが、お互いもうこの辺で」

 40年前から昆虫の標本作りを教えてきた埼玉県川越市の元教諭、会田冨士夫さん(72)にも似た経験がある。数年前、秩父地方で網を手に夫婦で昆虫を観察していたら、後ろでささやく声がした。「あの人、自然を破壊してるのよ」。若い母親がこちらを指さして、子どもに言い聞かせていたという。

 たしかにこの時代、花も虫も貴重な存在だ。それでも、草木を手折り、虫を生け捕りにするのは、幼い世代の大切な体験だろう。「子どもが採集したくらいで絶滅する昆虫などいません」と会田さんは話す。

 言い争う大人を見て、園児たちは虫捕りが嫌いになった。網を手に公園へ連れ出そうとすると、今でも「またパトカーが来る」と渋る。あの騒ぎが残した傷だろう。