「大」の字は、立っている人の形から来ているという。その「大」が、地面を示す「一」の上にしっかりと乗っているのが「立」だ。字の成りたちには、大地に直立する人間の姿が深くかかわっている。

 人間ではないのに、その立った姿が人間風な千葉市動物公園のレッサーパンダ「風太(ふうた)」くん、2歳が注目されている。新聞やテレビで立ち姿が伝わると、間もなくあちこちの動物園から「うちのも立てます」という声が聞こえてきた。長野、福井、広島、高知県などからで、青森には、立ち上がるラッコもいるという。

 時間の長短はあっても、レッサーパンダが二本足で立ち上がること自体は、新発見ではないらしい。しかし、すっくと立ち続ける風太の姿には、人間のはるかな記憶のようなものに訴えかけてくるところがある。

 生まれて初めて自分がひとりで立った時の記憶がある人は、まずいないだろう。これまで、直立はしないものと思っていた動物が見せる意外な立ち姿には、自らが初めて立った時の姿を思わせるものがある。あるいは、もっと古く、人間の祖先が直立を始めた頃の姿を呼び覚まされるのかも知れない。

 今日も列島のあちこちで、すっくと立ちあがるさまを想像するのは、一時の救いではある。動物園での彼らの振る舞いは、本来の自然の中で見せるものとは違っているかもしれないが、この厳しい世相の中では、心がなごむ。

 「どうかしたの?」。突然の世間の注目に戸惑ったかのようなあどけないしぐさは、愛らしく、そしてどこか、切なさも漂う。