閉まりかけたドアをこじあけて、男性が乗り込む。すぐ車内に車掌の声が流れた。「駆け込み乗車はおやめ下さい。そんな乗り方でけがをした時はお客様の責任です」

 先月初め、JR中央線の電車が東京の国分寺駅を出た直後のことだ。乗り合わせた客が「不快な言い方だ」と苦情を寄せた。JR東日本は事情を調べ、「好ましくない放送だった」と車掌に注意した。乗務歴30年近いベテランだった。

 この件が報道されると420件もの意見がJRに届いた。うち9割が車掌支持だという。全責任を客に押しつけるような物言いは反感を買うだろうが、無謀な乗車に憤る車掌の熱心さも、わからなくはない。

 「頭に血がのぼった時にどう放送するか。車掌の力量が問われます」と語るのは、元車掌の幸田勝夫さん(60)。国鉄以来、通勤電車や夜行列車に長く乗り、さりげない放送で客を和ませる名人と言われた。「大切なのはアドリブの力。とっさのひと言です」

 元NHKアナウンサー生方(うぶかた)恵一さん(72)は、「無理に開けると電車のドアも壊れます」といった冗談で応じる余裕が車掌にあればよかったと話す。紅白歌合戦で都はるみさんを「美空」と紹介する失敗に泣いた。あれから20年、反省をこめて「急場ではユーモアが大切」と訴える。

 昔は「アジサイが見ごろです」とか「今日もお元気で」と言い添える車掌の声をよく耳にしたが、最近は聞かない。JRによると、何であれ静けさを求める客と、懇切な放送を望む客がいる。車内で何をどう語りかけるかは超のつく難題だという。