夏休みの始まりを告げる特別の儀式がある。湖のほとりに降りて行き、片手をそっと湖水につけるのだ。児童文学の名作「ツバメ号とアマゾン号」シリーズを書いたアーサー?ランサムの若き日の回想である。

 英国の湖水地方などを舞台に、休暇中のヨットの冒険を描いた彼の作品は、世界各地で帆船好きの子供たちを生んだ。船乗りを養成する独立行政法人航海訓練所の雨宮伊作さん(47)もその一人だ。

 ランサムの世界にひかれて東京商船大に学び、練習帆船勤務を生きがいに、多くの実習生を育ててきた。2000年ミレニアム記念の北米練習船レースでは、1等航海士として乗り込んだ海王丸が、世界の強豪を抑えて1位に輝いている。

 なぜ、この時代に帆船で実習をするのだろうか。雨宮さんは言う。「風がなければ帆船は動きません。味方にすれば快適だが、敵に回すと命さえ失う大自然の脅威を前に、いかに力を合わせるのかを学ぶのです」。2カ月に及ぶ遠洋航海が終わるとき「実習生の目は輝き、やさしくなり、すこし大人びます」

 ヨットの本場英国では、青少年教育として練習船が活用されている。ランサム作品で最も緊迫感あふれる「海へ出るつもりじゃなかった」は、主人公の4人兄弟が、霧と嵐の中、漂流し始めた帆船を操って英国からオランダまで北海を横断する話だった。危機を乗り切ることで彼らは大きく成長する。

 帆船乗りの世界には「帆が教える」という言葉があるという。自然を忘れ、効率ばかりが優先される時代に「帆が教える」ものは多いはずだ。