昨日、本紙の「朝日川柳」に載っていた一句に笑いを誘われた。〈飲んで騒いで丘に上るな知床の/さいたま市 岸保宏〉。笑いといっても、苦い笑いである。

 北海道の知床がユネスコの世界自然遺産に決まったが、単純には喜べない思いをした人も少なくなかったのではないか。先に遺産に登録された鹿児島県の屋久島や、青森?秋田両県の白神山地では、観光客の急増で汚染が懸念されている。

 世界遺産条約は、自然と文化を人類全体の宝物とし、損傷、破壊などの脅威から保護することをうたっている。日本政府が登録を推薦したということは、損傷や破壊をしないと世界に約束したことになる。

 知床では、80年代に国有林伐採への反対運動が起きた。それから今回の登録まで、長い道のりだった。数多くの人たちの力がよりあわされて、大きな実を結んだ。これからも自然を保ち続けてゆく責任は重いが、日本の自然を世界遺産という「地球の目」で見直すのはいいことだろう。

 ユネスコ(国連教育科学文化機関)を設立するための会議は、第二次大戦が終結した60年前の秋に、ロンドンで開かれた。アトリー英首相は、演説の中で「戦争は人の心の中で生まれるもの」と述べた。

 これが、ユネスコ憲章の前文の有名な一節となった。「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦(とりで)を築かなければならない」。戦争を繰り返さないため、世界の各国は互いをよく知る必要がある、との反省が込められている。知床の自然もまた、心の砦の礎になるようにと願う。