「せきめんの素顔」という冊子がある。アスベストの業界団体?日本石綿協会が、88年に出した。前書きに、石綿は「産業界の進歩、発展に無くてはならない貴重な存在」とある。国際労働機関(ILO)条約で、毒性の強い青石綿の使用が禁止されてから2年後の刊行だった。

 冊子は、石綿によって引き起こされる病気にも触れているが、こんなくだりもある。「対策が次々と打たれ……今後石綿による疾病の危険はほとんどないと確信できるまでに至っております」

 一般の住民に対する石綿粉じんによる危険率については、こう述べている。「めったに起きない落雷による死亡危険率と同程度か、それ以下とする専門家の意見に同意するものであります」

 記述は、やはり、石綿の益の方に重く、害の方に軽く傾いているようだ。その後に発覚した被害は、甚大だった。

 この冊子が出る10年以上前に、当時の労働省が、石綿工場の従業員の家族や周辺住民の健康被害について危険性を指摘する通達を出していた。なのに、国は有効な手を打たなかった。「決定的な失敗」と、今の副大臣が述べたが、公の不作為による「公」害の様相が一段と濃くなってきた。

 かなり古びた『石綿』という本を開く。「我が国に於ける石綿工場労働者の健康状態に関する組織的な報告は未だ見ないが、工場内の塵芥の程度は、著者の見たる範囲に於ては実に甚だしいものである」。日本パッキング製作所技師長?杉山旭著、昭和9年刊とある。71年前に記された「石綿の素顔」のように思われた。