くまで ゆや みみかき しゃくし こたつ かや おはぐろ おひつ ずきん すごろく。

 46歳という若さで亡くなった杉浦日向子さんが、本紙の地域版に連載した随筆「隠居の日向ぼっこ」の題の一部だ。のどかで、かなしくもあり、こわさをも秘めた独特の世界の入り口が見える。日ごろ江戸の町家に住み、時に現代に通ってくる女性の浮世絵師といった風情があった。

 『大江戸観光』(筑摩書房)で江戸時代をこう述べた。「近世封建制を手放しで礼賛する気はありませんが、かといって、中世封建制やヨーロッパのそれとは明らかに違う、もっとひらけた、秩序的にも社会構造的にも明快なものと思います」

 「風土?民族に適合した生活様式であった筈(はず)」で、明治以降の、絶え間なく戦争をしてきた近代日本は、「やっぱり無理をしているとしか思えません」。無理をしない心の構え方が、漫画家からの30代での「隠居宣言」にもつながったのだろうか。

 88年に文芸春秋漫画賞を受けた「風流江戸雀」では、一話の首尾に配した川柳と絵との絡みが絶妙だった。「物思う相手がなさに蚊帳を釣り」「男じゃといはれた疵(きず)が雪を知り」。長屋暮らしや、雪もよいの川端の一景に引き込まれた。

 江戸っ子らしくソバ好き、というより「ソバ屋好き」だった。『もっとソバ屋で憩う』(新潮文庫)では、ソバ屋でのいっときの安らぎを勧めている。「今日できることは、明日でもできる。どうせ死ぬまで生きる身だ」。その先の一行が、目にしみる。「ソンナニイソイデドコヘユク」