「八月十三日……日本はまだ決断しない」。45年8月、ドイツの作家トーマス?マンが、米カリフォルニアで記した。ナチスに抗して亡命しており、大戦の決着をそこで見つめていた。

 8月の日記には「原子爆弾による広島市の不気味な破壊」「長崎市に投下。天に向かって巨大なきのこ雲」などとある。「十四日 日本の無条件降伏、すなわち第二次世界大戦終結のニュースがあらしのように伝わる……日本軍は完全にその狭い島へ追い返される」(『トーマス?マン 日記』紀伊国屋書店)。

 マンは「魔の山」や「ブッデンブローク家の人々」などで知られる。29年にはノーベル文学賞を受けたが、ナチスによる焚書(ふんしょ)に遭い、終戦後もなかなか帰国しなかった。

 48年の元日、本紙に「日本に贈る言葉」を寄稿した。「日本の古く高貴なる文化」への好意を語り、敗戦に触れる。「日本が無謀な支配層のために冒険に突入すること、その結果が必ずよくはないだろうことを私は前から信じていた」。しかし敗北にも「利点」はあり、勝者は自分たちのものは最良という結論に陥りやすいと述べる。

 さらに「『平和』こそ人間生活の至上の概念かつ要請」であり「その厳粛さの前に立てば如何なる国民的英雄も精神も時代遅れな茶番でしかない」という。そして「人類の召使として生きる時その国民の上に光栄は輝くであろう」と結んだ。世界大戦を繰り返した故国への苦い思いと、新生?日本への期待が込められている。

 やがてマンはスイスに移住し、50年前の8月12日に80歳で他界した。