5年前に米国で亡くなった大野乾(すすむ)氏は、天才肌の遺伝学者として知られた。ノーベル賞級と折り紙のついた研究のかたわら、奇抜な仮説で時に学界を驚かせる。その一つが19年前に発表した遺伝子音楽だった。

 遺伝子こそが美感を左右すると説き、ニジマスやブタ、ニワトリのDNAの配列を音符に置き換えた。妻の翠(みどり)さん(76)にピアノ演奏を頼み、これはバッハ風だ、いやドビュッシーに近いと分析した。音楽界では好評だったが、生物学の世界では「非科学的」と異端視された。

 ロサンゼルス郊外に住む翠さんのもとに今春、日本から1枚のCDが届いた。県立広島国泰寺高校の生徒たちが3年がかりで作ったオオサンショウウオの遺伝子音楽だった。生物班の生徒がDNAを解析し、大野理論に従って五線譜に落とした。ヒトの遺伝子から作った曲もあり、翠さんは懐かしさにじっと聴き入った。

 同じCDを聴いてみた。サンショウウオの調べはモーツァルト風の軽快さに満ち、伸びやかで明るい。対照的に、ヒトの遺伝子音楽は重く物悲しく、苦悩の旋律がベートーベンを連想させた。

 生物班を指導した広島大の三浦郁夫助教授(46)によると、今回も「科学の領域を外れている」という批判があった。それでも遺伝子の音を聴く試みに、高校生たちは休日を忘れて取り組んだ。

 参加したのは3学年の19人。この夏、代表2人が訪英し、現地の大学や高校で調べを披露して拍手を浴びた。解析されたサンショウウオのDNA情報は9月末、国立遺伝学研究所を通じて、世界に公開された。