文字のない世界というものを想像してみる。書類も本も新聞もない。どこか思い切りの良い、さっぱりとした世界のようでもある。しかし、できごとや心にあることを、思うようには記せない。過去と未来が薄れてきて、現在だけが際だちそうだ。文字の記録もないから、ややこしい約束ごとは難しい。

 こんなことを想像したのは、この夏に「文字?活字文化振興法」という法律が成立したからだ。実際に文字や活字がなくなることはないだろうが、現代人の深刻な文字離れに待ったをかけたいという狙いのようだ。読書週間の初日の10月27日を「文字?活字文化の日」と定めた。

 第1条を読みながら、おやと思った。「この法律は、文字?活字文化が、人類が長い歴史の中で蓄積してきた知識及び知恵の継承」と始まって、終わるまでざっと200文字に句点がない。新聞記 事だと約20行分にあたる。文字文化を大切にする法律なのにと苦笑したが、文字と活字を顧みるという趣旨にはうなずく。

 現代の文字にまでつながるかもしれない「中国最古の絵文字」が、多数見つかったという。1万年以上前のものだといい、内陸部の岩壁に描かれていた。

 新華社が配信した岩壁の絵を見ると、角が生えたような動物が脚と尾を伸ばしてつっぱっている。狩りのさまだろうか。その姿には、世界各地の洞窟(どうくつ)や岩場に残された絵に通じるものがあるようだ。絵からは、文字の源流への想像を誘われた。

 文字のない時代から、文字に取り囲まれた時代になり、文字の存在を見直す時代にまで来ている。