大きな家の一室を借りて、初老の夫婦が住んでいる。妻ローズは部屋が気に入っている。ある日、貸間を探しにやってきた若いサンズ夫妻が戸口に立つ。

 「サンズ氏 地下室の男は一つあいてるって言ったがな。一部屋だけ。七号室だそうです。  (間)      ローズ それはこの部屋です」。現に自分たちが住んでいる部屋が、なぜ「空き部屋」と伝わるのか——。今年のノーベル文学賞に決まった英国の劇作家ハロルド?ピンター氏の代表作の一つ「部屋」の一節だ(『ハロルド?ピンター全集』新潮社)。

 確かなものだったはずの自分たちの部屋や、かつての記憶が揺らぐようなことが重ねて起こる。(間)と示される沈黙は、現実を突き崩されてたじろぐ人の象徴とも見える。

 ピンター氏は、今回の受賞を感謝し率直に喜んでいるという。そして記者 たちに語った。「よほど気をつけていないと、世界はダメになってしまう」「これからも政治的な問題にかかわり続けていきます」

 北大西洋条約機構軍が旧ユーゴスラビアを空爆したころに述べている。「今こそ、政府によって繰り返される(戦争についての)歪曲(わいきょく)、誤った情報の正体が暴露されるべき時だ」。芸術家は真実を守り、世界の権力が何をしているのかを明らかにすべきだとの姿勢を示した。

 「部屋」に限らず、作品には「場所」を巡っての人模様が多い。「場所」とは、人にとって欠かせないものであり、それは実にもろいものでもある。戦争にあらがう言葉の向こうに、そんな思いを想像した。