星期二 十月16 2007
江户后期,继本居宣长之后,众门人弟子不懈于日本国语研究,整理假名(如五十音图)以及研究由此展现的和语活用规律、词汇分类等。当下西方语言学尘嚣甚上,却不妨来看看两百年前的日本人日语观。
1 『詞のやちまた』序
《詞八衢》是本居宣长之长子本居春庭所著,在用言活用研究史上具有划时代意义。书中将活用分为四段、一段、中二段、下二段、カ变、サ变、ナ变,各自依五段元音发生变化,并讨论了てにをは的作用,打下今天日本学校文法的基础。
以下是该书出版时,宣长门人植松有信为春庭做的序。植松师从宣长,并致力于刻板刊行宣长著作,以至后世给他的评说竟出现雕刻师、国语学者两种截然不同的身分定位。
建议朗读。
歌よみふみかく人はいふもさらなり、すべていにしへまなびにこころざざむには、まづむねと詞の道にぞわけいるべき、そはいにしへの書どもの、文にまれ歌にまれ、ふかき心をこまやかにしらむには、てにをはのこころばへ、辭のはたらきなど、その代のものいひざまのねむごろなるさま、みやびかなるさまなど、ふかくこまやかにあぢはへしらでは、えあるまじければなり、かれ詞の學びにしては、いはゆる五十連のこゑのたてぬきによりて、正し考ふべきなり、そもそも此五十連の音といふ物は、人の口よりいづる音のかぎりをつくして、たてはたてのまにまに、よこはよこのまにまに、ゆきとほりたらひでなむあれば、辭のすぢすぢ千にかよはせ、萬に轉はせて、考へこころむるに、一としてまぎるることなく、あやしくくすしく妙なる物なりけり、そはてにをはのととのへ、かなづかひのさだまりをはじめ、言ののびちぢみ、言のきれつづき、自他のいひざまなど、皆この經緯のすぢすぢに引よせて、わきまへたどるに、いとかすかなる言のたよりのはぶき詞、はかなき俚言のかたはしまで、露ばかりもみだれまぎるることなくなむありける、されば此八巻にわきまへられたる、詞の活用の、四段にわたり、一段にかぎり、中の二段、しもの二段などとて、四種にわかれたるも、もはら此段々によりて、考へ定められざることなし、かくてかの假字づかひの書、てにをはの書どもは、さきざき皆考へあらはされて、今はおぼつかなきくまぐまもなかめるを此言葉のはたらきといふことは、いまだ世にあげつらへる人もなく、をしへさとしたる書も見えざりければ、こたび鈴屋大人の真子、いまの本居大人と聞ゆる、春庭君、よろずに考へわたして、この二巻になむあらはし出給ひける、これぞ、此言葉の道のこまやかなるすぢずぢ、わきまえたどるべき、いみしきしるべ書にはありける、かくいふは、文化三年五月十三日 尾張植松有信

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