森鴎外の小説「青年」の主人公は、地方から上京してきた作家志望の青年である。その青年が、明治という「青年期」の日本で、思索や体験を積んでゆく。

 こんなやりとりがある。「一々のことばを秤(はかり)の皿に載せるような事をせずに、なんでも言いたい事を言うのは、われわれ青年の特権だね」「なぜ人間は年を取るに従って偽善に陥ってしまうでしょう」(『岩波文庫』)。主人公の名は、小泉純一である。

 小泉純一郎?内閣が発足してから、きのうで満4年となった。戦後の内閣では、長い方に入るという。還暦も過ぎている首相を「青年」呼ばわりするつもりはないのだが、「言葉を秤の皿に載せずに言いたいことを言う」ような様子が、名前だけではなく、「青年」の一節と重なって見える。

 「ひとこと政治」などと指摘されて久しい。言葉の意味をかみ砕いたり、説明に腐心したりするよりは、言いたいことだけ言い切ってしまうやり方に批判が募っていった。しかし、老練な政治家にまとわりついているいんぎんな尊大さや老獪(ろうかい)さは、あまり感じさせない。「ひとこと」に批判が大きくても支持率が高かったのは、こんな「若さ」が関係しているようにも思われる。

 その支持率だが、発足当時の8割から半分ぐらいになった。確かに「ひとこと」では決着しそうもない課題が、国の内外に山積している。

 青年?純一は、日記に記した。「現在は過去と未来の間に画した一線である」。その一線が、この国と世界の未来にとって重みを増す中で、純一郎内閣は5年目を迎えた。