8570人。昭和大学歯学部の向井美恵(よしはる)教授は、この数字が気になって仕方がない。食べものなどをのどにつまらせて亡くなった人の03年の数である。

 1日あたり20人を超える。その大半が65歳以上のお年寄りだ。口の健康とリハビリを専門にする向井さんは「年をとると、口の筋肉も衰える。食べものを食道にうまくのみ込めなくなって、気管に入ってしまうのです」という。

 食べもので窒息といえば、正月の餅を思い起こすが、それだけではないのだ。東京消防庁に聞くと、救急車は一年中、出動する。つい最近も、都内の飲食店で80代の男性がラーメンを食べていて、意識を失った。駆けつけた救急隊員が口の奥をのぞき込む。ピンセットに似た専用の器具でつまみ出したのはウズラの卵だった。しばらくして意識がもどった。

 「おかず、ご飯、餅。この順で原因になることが多い」と東京消防庁の担当者。どんな食べものでも、お年寄りには油断大敵なのだ。

 こんにゃくとはんぺんは、名古屋で裁判にもなった。特別養護老人ホームで、職員に食べさせてもらっていた75歳の男性が窒息死した。こんにゃくなどはお年寄りに危ないことで知られていた。そう言って裁判所は老人ホームに賠償を命じ、先月、二審で和解が成立した。

 向井さんがお年寄りに勧めるのは、食べる前の準備体操だ。口を大きく開いたり閉じたりする。舌も思いきり突き出して動かす。口のストレッチ体操ですよ。そう言われて、口を大きく開けてみた。さあ、食べるぞ、という心構えもできる気がした。