愛知万博の主会場のある長久手(ながくて)町は、古戦場の町として知られている。16世紀に、羽柴秀吉の軍と徳川家康の軍が対決する長久手の戦いがあった。町は、ナポレオン軍が敗れた古戦場として有名なベルギーのワーテルローと姉妹都市の縁を結んでいる。

 長久手の古戦場からそう遠くない会場に、国や企業など、それぞれの「旗印」を掲げた展示館が立ち並ぶ。仕掛けの大きそうな展示館に人が集中しているようだ。しかし民芸品の即売場のような素朴な一角もにぎわっている。その周りでは、こんな会話も聞こえる。「ちょっと南アフリカに行ってくる」「私はザンビア」「こっちはコンゴ」

 おびただしい展示から、それぞれの一点を見いだすのも万博の楽しみだろう。イタリア館の「踊るサテュロス」も、そんな一つになるかもしれない。

 サテュロスは、ギリシャ神話の酒 神ディオニソスの従者だ。恍惚(こうこつ)の表情で旋回するさまをかたどったブロンズ像は、地中海の海底から漁網で引き揚げられ、2千年の眠りからさめた。両腕や右脚は失われているが、躍動感は失われていない。限りのない時の流れに身を委ねている限りある人間の生を、像はうたいあげているように見える。

 「博覧会はもと相教え相学ぶの趣意にて、互いに他の所長を取りて己れの利となす」(『日本の名著?福沢諭吉』中央公論社)。諭吉は、遣欧使節の随員として幕末にロンドン万国博を見て「西洋事情」に紹介した。

 今、世界の事情は厳しい。せめて万博は、互いに他の長所を広く認め合う場であってほしい。