大雪にもかかわらず、この年末年始は、高速道路の混雑がひどくなかった。渋滞が昨冬より4割減り、長くても30キロほどだった。料金自動払いの車が増えたほか、多くの運転者がピークを避けたらしい。

 中日本高速道路によると、これまで最長の渋滞は1995年暮れ、名神と東名にまたがった154キロである。帰省ラッシュに雪が重なり、琵琶湖の東から浜名湖の西まで延々とつながった。バブル景気のころは東北道や九州道でも、進まない車列が100キロに及んだ。

 さかのぼれば、自動車などなかった紀元前から、渋滞は都市を悩ませてきた。首都大学東京の大口敬?准教授らの研究では、ローマ帝国は馬車の渋滞に苦慮している。一時カエサルは日中に都心へ乗り入れることを禁止した。その分、夜間の交通量が増え、哲学者キケロは夜の馬車騒音を嘆いた。

 水の都ベネチアでは、ゴンドラの渋滞が問題になった。水路の混雑や事故を減らすため、政府は16世紀、ゴンドラの大きさや形を定めた。車検制度と同じ考え方である。

 石油危機の1970年代、米国では2人以上が乗る車専用の車線が設けられた。相乗りで朝夕の渋滞を緩和する狙いだが、意外に不評だった。車は個人の足と信じる人たちが、同乗を嫌ったようだ。

 渋滞を防ぐため、日本の学界では、高速道路を乗り入れ予約制にしたらどうかという研究も進んでいる。限度に達したら乗り入れを止める。「道路網が整い、100キロ級の渋滞はもう起きない」という楽観論も聞くが、渋滞解消の努力はたゆみなく続けてほしい。