Archive for 5月, 2005

一直在犹豫,先写流水账还是先写游记。今天脱出空来,却不是写游记的心情。


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《地理篇》


  前面提到过学校的地址。那年学校的正门还在一教及邮局这头,地图就从这里开始画吧。


  大金钟,抑或是黄石东路的尽头就是了。那时的校门没有什么设计可言。与大多数学校一样,左边是一幅方墙,墙头立着毛主席的红底金字“广州***学院”;墙角是花槽。右边是传达室和邮局。平时大门是不开的,进校门要上两级楼梯,从传达室窗前经过再进校门。


  校园中庭是一个假山水池,椭圆形吧。面向一教(那时好像还不这么叫,都用系名称呼。比如“英语系”、“东语系”。)假山池左右两边都是草坪,草坪边上是难看的土黄色栏杆。左边草坪中央是一块石头,是广东省和日本兵库县建立友好关系的纪念石。右边草坪中央是一个雕塑,那时还是水泥石灰的,上一次整修后变成空心不锈钢的了。总觉得连塑像都改了,却总也想不起来原来的石灰塑是什么东西。草坪的东南角有一条花架走廊,便是校友亭了。四处的房子推了又建,只有校友亭依然安静的坐在绿映丛中,等待春天那一簇火红的杜鹃。


  东语英语大楼是灰色水泥外表,成L字形的六层楼。但是五楼只有面向校门的一半,六楼干脆只有楼梯两侧的两间大教室。也许是为了美观的缘故吧,或者干脆顶上两层是加建的?楼里共有三条楼梯、六个入口。楼梯分别在大楼正面的左中右三个位置,只有中间的楼梯可以通往六楼,也只有中间的楼梯是三折的。三折的楼梯在每层楼围出一个小小的楼梯间,除了六楼曾经住过看楼的学生,大约都是杂物间吧。某位“无聊人士”竟然数过并且记得这楼梯每一折的阶梯数,仿佛是9

 通り道の横断歩道で、時にこんな光景を見かける。信号が青になると、近所同士らしい母親たちが押す乳母車が、幾つか連なって渡り始める。ゆっくりと、にぎやかに進む無防備な行列の安全は、赤信号では車が止まるという約束に支えられている。

 青信号で、国道の横断歩道を渡っていた高校1年生の列に、飲酒運転とみられる車が突っ込み、3人が死亡した。宮城県多賀城市での事故は、交差点での約束を踏みにじった。

 青信号でも車が突っ込んで来るのでは、歩行者は身の守りようがない。「避殺橋」などという形容も聞かれる歩道橋は、お年寄りには骨が折れるし、どこにでもあるわけではない。青信号でも左右を確かめて、あやしい車はやり過ごすぐらいしか手はないのか。

 近年、酒酔い運転での事故に対する罰は厳しくなっている。しかし、事故を予防する、より強い手だてが要るのではないか。例えば「酒酔い運転」の場合だけではなく、「酒気帯び運転」だけでも免許を取り消すのはどうか。運転者の酒気を感知したら、エンジンが掛からなくなる車すら夢想する。

 多賀城の現場は、芭蕉がたどった「おくのほそ道」の道筋に近い。道の幅は、相当広がったはずだ。しかし、ここに限らず、幅を利かせているのは車で、人は細い通路に押しやられているのではないか。

 亡くなったひとりは、中学の卒業文集では、「18歳の自分」に「あなたはいま何をしていますか」と記していたという。それが15歳で、学校行事のさなかに、青の横断歩道で、一瞬のうちに未来を断たれた。

 千秋楽を待たずに、朝青龍が12度目の優勝を決めた。国技館では終盤、独走する横綱が客席から妙な声援を浴びている。「世界一」「強過ぎ」「たまには負けていいぞ」。来日8年、いまや土俵に敵なしである。

 強い横綱にだれか好敵手がいてこそ角界は盛り上がる。今場所、「満員御礼」の幕が出たのは3日しかない。97年の夏場所まで延々7年半続いた大入りの日々は、夢だったのか。相撲協会によると、以前は全席完売でないと満員と判定しなかったが、当節はあまり厳密なことを言わない。9割の入りでも満員御礼を出す。初日と中日、楽日には「ご祝儀」で判定が甘くなる。

 球界のどんぶり勘定は角界以上だろう。東京ドームは10年ほど前からずっと、巨人戦の観客数を「満員5万5千人」と発表してきた。他の球団も似たようなもので、職員がざっと場内を見渡して「この入りなら3万。いや景気づけで3万5千だ」と公式発表してきた。

 今季は全球団が水増しをやめている。計数器を手に係員がスタンドに散り、年間予約席など前売り分も点検して、精度の高い数字を出す。

 ことは興行の世界に限らない。「さばを読んだ数字がもう許されない世の中になりましたね」と話すのは、部数調べが専門の日本雑誌協会の職員。怪しい「公称部数」がまかり通ってきた出版界だが、昨年から実際の印刷部数を表に出す制度を始めた。ふたを開けたら、公称25万部が実は3万弱という雑誌もある。

 何ごとも透明化の時代なのだろう。ご祝儀や景気づけの数字が各界で表舞台から消えてゆく。

 8570人。昭和大学歯学部の向井美恵(よしはる)教授は、この数字が気になって仕方がない。食べものなどをのどにつまらせて亡くなった人の03年の数である。

 1日あたり20人を超える。その大半が65歳以上のお年寄りだ。口の健康とリハビリを専門にする向井さんは「年をとると、口の筋肉も衰える。食べものを食道にうまくのみ込めなくなって、気管に入ってしまうのです」という。

 食べもので窒息といえば、正月の餅を思い起こすが、それだけではないのだ。東京消防庁に聞くと、救急車は一年中、出動する。つい最近も、都内の飲食店で80代の男性がラーメンを食べていて、意識を失った。駆けつけた救急隊員が口の奥をのぞき込む。ピンセットに似た専用の器具でつまみ出したのはウズラの卵だった。しばらくして意識がもどった。

 「おかず、ご飯、餅。この順で原因になることが多い」と東京消防庁の担当者。どんな食べものでも、お年寄りには油断大敵なのだ。

 こんにゃくとはんぺんは、名古屋で裁判にもなった。特別養護老人ホームで、職員に食べさせてもらっていた75歳の男性が窒息死した。こんにゃくなどはお年寄りに危ないことで知られていた。そう言って裁判所は老人ホームに賠償を命じ、先月、二審で和解が成立した。

 向井さんがお年寄りに勧めるのは、食べる前の準備体操だ。口を大きく開いたり閉じたりする。舌も思いきり突き出して動かす。口のストレッチ体操ですよ。そう言われて、口を大きく開けてみた。さあ、食べるぞ、という心構えもできる気がした。

 新しいブランド名の考案を請け負う人の仕事場に行ったことがある。マンションの一室で、原則として注文主の企業の人しか入れない。新しい名前の案がコンピューターの画面に浮かんでいれば、一瞬で読まれ、盗まれてしまうからだ。

 その部屋に「名前の盗人」が侵入したとしよう。画面にこんな文字が浮かんでいたら盗む気になるだろうか。「NPO」「ボランティア」。新しい商標にするには、あまりにも一般的過ぎると見過ごしてしまうかも知れない。

 特許庁が、いったんは角川ホールディングスに商標登録を認めていた「NPO」と「ボランティア」について、登録の取り消しを決定した。NPO(非営利組織)の側から「一般的な言葉を営利目的で登録するのはおかしい」という異議申し立てが出ていた。

 特許庁は「特定の人に独占使用を認めることは公益上、適当とはいえない」などと取り消しの理由を示した。当初の「登録認可」とのずれはあるが、現代の商標のあり方を考える例として経過を見守りたい。

 特許庁のホームページには、商標の登録ができない一般的な例が載っている。靴の修理についての「靴修理」、鉛筆で「1ダース」、自動車で「デラックス」、靴で「登山」、飲食物の提供で「セルフサービス」。いずれも「自己の商品?サービスと、他人の商品?サービスとを識別することができないもの」だ。

 商標のつけかた一つで売り上げが大きく変わることもある。商標請負人の仕事場を見たのは十数年前だが、1件で数百万円の注文もあると言っていた。

 ドイツが連合国に降伏したのは、60年前の5月だった。いよいよ敗色が濃くなった頃、ヒトラーは、岩塩坑に疎開させていた世界の名画を破壊する命令を下す。

 米軍によって危うく難を免れたという絵が、東京に来ている。ベルリン国立博物館群の収蔵品を集めた「ベルリンの至宝展」(上野?東京国立博物館 6月12日まで、7月に神戸に巡回)の「温室にて」である。

 フランス印象派のマネが、温室の中にいる知人の夫婦を描いたこの絵は「ベルリン美術の運命を象徴している」と、博物館群の総館長が述べている。19世紀末に当時の美術館長が購入した。しかし印象派はまだそれほど認められておらず、温室が恋愛小説のエロチックな舞台に多用されていたため、国会で非難された。館長は辞任する。

 ヒトラーの破壊命令はくぐり抜けたが、戦後は旧西ドイツ側に置かれ たため、東ドイツ側の元の美術館に戻ったのは統一後の94年だった。ベルリンという土地柄、20世紀の歴史を色濃くまとう来歴だ。

 紀元前3千年のエジプト美術に始まり、ヨーロッパ近代絵画にまで至る「至宝の厚み」には、やはり相当の迫力がある。イラク?バビロンで出土した、ほえるライオンの躍動的な装飾煉瓦(れんが)壁、暗闇を背に小首をかしげて立つ女性の裸の肩を、長い髪が光りつつ流れるボッティチェリの「ヴィーナス」

 ギリシャ神話の壷(つぼ)やコーランの書見台もある。その姿形や文化、時代はさまざまだ。一見脈絡がなさそうだが、人間の営みはひとつながりとも感じる「5000年の旅」である。

 ずいぶん遠くから来たなあ。道端で、はるか離れた地名入りのナンバーの車に驚いた経験は、だれにもあるだろう。それが来春からは「行ってみたいな」という気持ちに誘われやすくなりそうだ。

 国土交通省が導入する「ご当地ナンバー」に観光地が続々と名乗りをあげている。「仙台」「会津」「金沢」「伊豆」や「諏訪」「倉敷」「下関」。どこも動く広告塔にと期待を膨らませる。自動車産業の盛んな「豊田」や「鈴鹿」のほか、「堺」「川越」なども意欲満々だ。

 ナンバーに地名が入ったのは、50年ほど前から。国の運輸支局の所在地をそのまま載せた。いわば役所の裁量だった。それが11年前、住民運動が火をつけた「湘南」が実現して変わる。地域のイメージアップになる、と各地が飛びついた。地方分権という時代の流れにも乗った。

 国交省は昨年、新設基準を設けた。複数の市町村でまとまった地域、自動車の登録台数が10万台以上など。おかげで、静岡と山梨が希望する「富士山」は、県境をまたぐので難しいと言われ、長野では隣り合う「軽井沢」と「佐久」が譲らず、台数不足で共倒れしている。それでも今月末の応募締め切り前に約20件の申請がありそうだ。

 「コンピューター改編に予算が要る。まず初年度は数カ所で」と考えていた国交省は、どう選ぶのだろう。今夏の内定に向け、地域バランスや地元の熱意も判断材料に検討している。

 でも、ここは思い切って、クジで決めたらどうか。郷土への熱い思いに、役所の理屈で順位など付けられるはずがないのだから。

 列車ダイヤを組む人は、スジ屋と呼ばれる。ダイヤの上では、列車の走行は斜めの線(筋)で表されるからだ。「スジを立てる(傾斜をきつくする、つまり列車の速度を上げる)」、「スジを寝かす(傾斜をゆるくする、つまり速度を下げる)」などの言い回しがある(宮脇俊三対話集『ダイヤ改正の話』中央書院)。

 これまで、ひたすら「スジを立ててきた」JR西日本が、今後、京阪神地区の主要路線の快速などで、「スジを寝かせる」という。ダイヤ編成に余裕がなく、日頃から遅れが目立つ路線では、無理な運転が行われかねないと判断した。

 尼崎での大惨事を受けての切り替えだ。遅すぎた感がある。一方では「不便になる」と、同意できない利用者がいるかもしれない。しかし、再発を防ぐ手だてを尽くすためには、やむを得ないのではないか。

 先日、尼崎駅の時 刻表に触れた。朝8時台に大阪駅や京都駅方面へ向かう電車が40本あり、東京の山手線が二十数本だから、確かに、かなり密だと思ったと書いた。山手線は複線だが、尼崎の方は複々線だ。従って、山手線ほど密とは言えない。

 ただ、日頃から東京の通勤線については、「密」を通り越した「過密」という思いがある。それほどではないにしろ、尼崎の方も既に「かなり密」な状態と感じられた。

 関西に限らず、大都市圏で、ラッシュ時のダイヤがある程度密になるのは仕方がない。しかし限度はあるだろう。「寝かせる」べきスジがあるかどうかを含めて、他の交通機関も、改めて点検してほしい。

「天気がよかろうと、悪かろうと、ドナウ河の流れは同じ。ただ定めなき人間のみが、地上をさまよい歩くのです」。19世紀のルーマニアの国民詩人といわれるエミネスクの詩の一節だ(『世界名詩集大成』平凡社)。


 ドナウはドイツの黒森に源を発する。オーストリア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニアなどを貫いて黒海へと注ぐ2900キロ近い大河の変わらない姿が歌われている。そのドナウでは、今世紀末には流量が2割以上減るのではないか。日本の気象学者らが世界の大河の流量の予測をまとめた。地球の温暖化による降水量の変動などを計算した。


 古来、大河のほとりには文明が息づいてきた。その一つ、メソポタミアのユーフラテス川は、ドナウよりも変化が激しく、約4割減という。一方、ナイル、ガンジス、黄河などは、逆に10~15%の流量増を予測している。


 限られた地球の水を争う「水戦争」の問題を指摘する声も時折聞く。ドナウのような国際河川を持たない日本では、他人事(ひとごと)のように感じるかも知れない。しかし日本が輸入している膨大な食料や工業製品などを商品化するまでに使われた水の多さを思えば、世界の水問題と深くつながっていると分かる。


 エミネスクの詩は続く。「けれど、私たちはいつも変わらず、昔のままの姿でいます——海も川も、町も荒野も、月も太陽も、森も泉も」


 悠久の大地や大河は、変わるはずがない。そう思えた時代は残念ながら去った。「自然を、むやみには変わらせない」と国境を超えて誓い合う時代が来ている。








???????????????????????????????樱园梦


???????????????????? 作曲:蒋志轩